では宇宙の大部分は水素とヘリウムで出来ているのだろうか? 1933年に天文学
者ツビッキーはかみのけ座銀河団中のいくつかの銀河が非常に速い速度で飛び回っ
ていることに気づいた。それらの銀河が飛び散ってしまわないようにするには、
目にみえないダークマターと呼ばれる正体不明の質量を仮定しなくてはならない。
銀河の中にもダークマターが存在する証拠がある。いくつかのうずまき銀河中の
星の回転運動を調べてみると、その回転速度は銀河の中心からの距離に依存せず、
ほぼ一定であることが分かっている。もし、銀河の明るさの分布が質量分布を表
しているのであれば、うずまき銀河の質量の大部分は中心付近に集中しているは
ずである。すると、ケプラーの法則から、回転速度は距離の平方根に反比例する
はずである。回転速度を一定に保つには、星の加速度を増やす必要がある。その
ためには重力ポテンシャルの井戸をより深くしなくてはならない。円盤の中心部
以外に大量のダークマターが球状に存在(ダークハロー)していればこのことを
自然に説明できる。宇宙全体で平均すると、水素やヘリウムなどの通常の物質の
約5倍程度のダークマターが存在していると考えられている。
ダークマターの正体は現在謎である。光っていない水素やヘリウムが全てダーク
マターであると考えると、ビッグバン時につくられる元素の組成比をうまく説明
できない。標準理論を拡張した超対称性理論の予言するニュートラリーノや
グラビティーノ、CPの微小な破れを自然に説明するアクシオン、重力
相互作用だけ行う未知のステライルニュートリノなどさまざまな素粒子の候補が
挙げられているが、現時点ではどれも観測されてはいない。ダークマターは未知
の素粒子ではなく宇宙初期に質量ゆらぎによって生成された始原ブラックホール
かもしれない。ダークマターの起源の解明は宇宙物理学最大の課題である。