1成分宇宙モデル

宇宙の膨張を論じる際に重要な性質は、考えている成分の状態方程式である。 物質の組成や大きさ、種類、それぞれの場所における密度などは宇宙スケールで 平均化してしまうと、宇宙膨張に対してはほとんど影響を及ぼさない。つまり、 水素だろうがヘリウムだろうが、その状態方程式以外の物理量は考えなくてもよいのである。
宇宙の成分は大きく分けて3種類ある。第一の成分は状態方程式パラメータ$w
\approx 0$の非相対論的粒子である。これはバリオンとよばれる比較的質量の大きい粒子 (中性子や陽子)やレプトンとよばれる比較的質量の小さい粒子(電子など)、 そして正体不明のダークマター粒子などに対応する。ただし、宇宙初期において 充分温度が高くなると、これらの粒子も相対論的粒子としてふるまうことに注意 する必要がある。以降は簡単のため「物質」成分とよぶことにする。第二の成分 は状態方程式パラメータ$w=1/3$の相対論的粒子、すなわち光子やニュートリノで ある。ただし、ニュートリノはわずかに質量を持っているため、現在は非相対論 的成分になっている可能性があることに注意しなければならない。以降は簡単の ため「輻射」成分とよぶことにする。第三の成分はダークエネルギーである。そ の有力な候補として考えられているのは状態方程式パラメータ$w=-1$の宇宙定数$\Lambda $ であるが正確に定数なのか未だ不明である。これらの3成分の相対的な量は宇宙 の年齢と共に変化することに注意しよう。例えば、宇宙スケールで平均化した 物質の平均密度はスケール因子$a$の3乗に反比例する。しかし、輻射成分である 相対論的粒子の平均エネルギー密度はスケール因子$a$の 4乗に反比例する。これは輻射の波長がスケール因子$a$に比例して大きくなるため、 1粒子あたりのエネルギーがスケール因子$a$に反比例するからである。このことは流体方程式
\begin{displaymath}
\dot{\varepsilon} +3 \frac{\dot{a}}{a} (\varepsilon+P)=0
\end{displaymath} (5.1)

を使って次のように示すことができる。宇宙が1成分から成るモデルを考えよう。 この成分の状態方程式パラメータを$w$とする。仮定より、$w$は時間や場所によ らず一定である。この成分のエネルギー密度を$\varepsilon_w$としよう。 すると流体方程式は
\begin{displaymath}
\frac{d\varepsilon_w}{\varepsilon_w} =-3(1+w) \frac{da}{a}
\end{displaymath} (5.2)

と変数分離できる。両辺を積分すると
\begin{displaymath}
\varepsilon_w (a)=a^{-3(1+w)}+\textrm{const.}
\end{displaymath} (5.3)

が得られる。現在スケール因子$a(t_0)=1$ であるから、現在のエネルギー密度 を $\varepsilon_{w,0}$とおくと
\begin{displaymath}
\varepsilon_w (a)=\varepsilon_{w,0} a^{-3(1+w)}
\end{displaymath} (5.4)

となる。つまり、エネルギー密度をスケール因子の関数として書き表すことがで きる。輻射成分に対しては、$w=1/3$であるから、輻射のエネルギー密度は
\begin{displaymath}
\varepsilon_r (a)=\varepsilon_{r,0} a^{-4}
\end{displaymath} (5.5)

となる。つまり相対論的粒子からなる流体のエネルギー密度はスケール因子$a$の4 乗に反比例する。
さて、宇宙が多成分から成る場合もこの結果が成立するのだろうか? お互いが因果関係をもたない充分大きなスケールで宇宙を平均すると、異なる成 分同士の相互作用(輻射と物質の間など)は無視できることに注意しよう。この とき、ある時刻における宇宙の全平均エネルギー密度と全平均圧力は個々の成分の和
$\displaystyle P$ $\textstyle =$ $\displaystyle \sum_w P_w$  
$\displaystyle \varepsilon$ $\textstyle =$ $\displaystyle \sum_w \varepsilon_w$ (5.6)

として書き表せる。異なる成分の間でエネルギーのやりとりが無視出来るのであ れば、各成分に対してエネルギー保存則が成立しているはずである。つまり、 流体方程式はどの成分についても成立しなければならず、宇宙が多成分から成 る場合も $\varepsilon_w (a)=\varepsilon_{w,0} a^{-3(1+w)}$は成立するので ある。結局、輻射成分はスケール因子$a$の4乗に反比例し、速度の小さい物質成 分はスケール因子$a$の3乗に反比例し、宇宙定数$Λ$はスケール因子によらず一 定であることが分かる。このことから、エネルギー密度への寄与という点におい ては、宇宙初期では輻射成分が優勢であり、その後宇宙がある程度膨張すると 物質成分、そしてさらに膨張すると宇宙定数が優勢になる。つまり、宇宙の年齢 と共に、各成分の割合が変化するのである。
 次に、宇宙空間が平坦で、物質(エネルギー)の状態方程式パラメータが$w=$一定である 1成分宇宙を調べてみよう。このときのエネルギー密度を $\varepsilon_w (a)=\varepsilon_{w,0} a^{-3(1+w)}$とおくと、フリードマン方程式
\begin{displaymath}
\biggl( \frac{\dot{a}}{a} \biggr)^2=
\frac{8\pi G}{3c^2} \varepsilon_{w,0} a^{-3(1+w)}
\end{displaymath} (5.7)

は次のように変数分離することができる。
\begin{displaymath}
a^{\frac{1+3w}{2}} da=\sqrt{f}dt,
\end{displaymath} (5.8)

ここで
\begin{displaymath}
f=\frac{8\pi G}{3c^2} \varepsilon_{w,0}
\end{displaymath} (5.9)

である。 両辺を積分すると、
\begin{displaymath}
\int_0^aa^{\frac{1+3w}{2}} da=\int_0^t \sqrt{f} dt
\end{displaymath} (5.10)

から、$a(0)=0$より、$w \ne -1$に対して $a \propto t^{2/(3+3w)}$が、$w=-1$に対しては、$a\propto e^t$ が得られる。この結果から以下のことがいえる。まず輻射成分が 優勢な時代を考えよう。このとき、宇宙は輻射のみをもつ1成分 宇宙モデルで記述することができる。$w=1/3$であるので $a\propto t^{1/2}$である。 スケール因子$a$の2階微分 $\ddot{a}\propto -t^{-3/2}$は負であるので減速膨張 である。次に物質成分が優勢な時代を考えよう。このとき、宇宙は物質 のみをもつ1成分宇宙モデルで記述することができる。$w=0$であるので $a\propto t^{2/3}$である。スケール因子$a$の2階微分 $\ddot{a}\propto -t^{-2}$ は負であるので減速膨張である。最後に宇宙定数$Λ$が優勢な時代を考え よう。このとき、宇宙は宇宙定数$Λ$のみをもつ1成分宇宙モデルで記述 することができる。$w=-1$であるので$a\propto e^t$である。したがって、 スケール因子$a$の2階微分 $\ddot{a}\propto e^t$は正であるので加速膨張である。