重力的赤方偏移

FRW時空を通過する光子のエネルギーは時間と共に変化する。すなわち遠い銀河 から届いた光の波長は本来の波長より長くなる。この現象を赤方偏移とよぶ。前 章では光のドップラー効果によるものと説明したが、ハッブル距離より遠い銀河 は光以上の速さで遠ざかっているため、この説明は正しくない。赤方偏移は時空 の「曲がり」により引き起こされるのである。
時刻$t_s$において銀河の光が原点Oにいる観測者に向かって放射されたとしよう。 また、この銀河は共動座標 $(r=r',\theta',\phi' )$で「静止」していると仮定しよ う。一般相対性理論によれば、光はFRW時空におけるヌル測地線に沿って進んで くる。前節で説明した通り、角度 $(\theta',\phi')$は定数となるので、ヌル測地線上 の2点間の微小世界距離は
\begin{displaymath}
0=ds^2=-c^2 dt^2+a(t)^2 dr^2 
\end{displaymath} (3.26)

を満たす。つまり、
\begin{displaymath}     
c \frac{dt}{a(t)}=\pm dr
\end{displaymath} (3.27)

である。左辺は$t$の関数で、右辺は$r$の関数であるから変数分離の形になって いる。$r$は時間と共に小さくなるが、スケール因子$a(t)$の逆数も時間と共に小さくなる ので右辺の符号は正をとればよい。今、光波の頂である「山」が時刻$t_s$におい て銀河を出発し、時刻$t_0$に観測者によって観測されたとしよう。すると、 式を積分することにより、
\begin{displaymath}
c \int_{t_s}^{t_0} \frac{dt}{a(t)}=\int_0^r dr= r
\end{displaymath} (3.28)

が得られる。銀河までの共動距離は不変なのでこの積分の値は「山」が銀河を 出発した時刻に依存しないことに注意しよう。すると、次の「山」が時刻 $t_s+\Delta t_s$において銀河を出発し、時刻 $t_0+\Delta t_0$に観測者のいる原点Oに 到着したとすると、
\begin{displaymath}
c\int_{t_s+\Delta t_s}^{t_0+\Delta t_0}\frac{dt}{a(t)}=\int_0^r dr= r
\end{displaymath} (3.29)

が成立する。波長がハッブル距離より充分小さければ、式は時刻$t_s$$t_0$の 周りでテーラー展開することにより、
\begin{displaymath}
c\int_{t_s+\Delta t_s}^{t_0+ \Delta t_0}\frac{dt}{a(t)}\appr...
...}{a(t)}+\frac{\Delta t_0}{a(t_0)}
-\frac{\Delta t_s}{a(t_s)}=r
\end{displaymath} (3.30)

よって、辺々引き算すると、 $\Delta t_0/\Delta t_s = a(t_0)/a(t_s)$ となる。「山」と「山」の時間間隔は波長$\lambda$を光速$c$で割った量に等しい。従って、
\begin{displaymath}
\frac{\lambda_0}{\lambda_s}=\frac{a(t_0)}{a(t_s)}
\end{displaymath} (3.31)

の関係が得られる。赤方偏移パラメータ $z_s=(\lambda_0-\lambda_s)/\lambda_s$を用いると、 結局
\begin{displaymath}
1+z_s=\frac{a(t_0)}{a(t_s)}=\frac{1}{a(t_s)}
\end{displaymath} (3.32)

が得られる。こうして赤方偏移パラメータ$z_s$と光を発した時刻におけるスケー ル因子$a(t_s)$の関係が得られた。つまり、出発した時代が昔であればあるほど、 光を発した時刻一定面における宇宙の大きさが小さくなり、観測される光の波長は より長く、光子のもつエネルギーはより小さくなるのである。 この現象を重力的赤方偏移とよぶ。