加速膨張と宇宙定数

フリードマン方程式は時間の1階微分を含む方程式であり、 宇宙の膨張率を表すハッブルパラ メータと空間の曲率をエネルギー密度と関係付けている。さて、宇 宙膨張の「加速度」はどのようにして表したらよいだろうか?まず、フリードマ ン方程式を$a^2$倍し、時間微分をとると、
\begin{displaymath}
2 \dot{a}̇\ddot{a}=\frac{8 \pi G}{3c^2} (\bar{\varepsilon}a^2+2\varepsilon a \dot{a} )
\end{displaymath} (4.25)

となる。$2a \dot{a}$で割ると
\begin{displaymath}
\frac{\ddot{a}}{a}=\frac{4 \pi G}{3c^2}
\biggl(\frac{a}{\dot{a}}\dot{\varepsilon}+2\varepsilon \biggr)
\end{displaymath} (4.26)

が得られる。流体方程式を
\begin{displaymath}
\dot{\varepsilon}=-\frac {3 \dot{a}}{a}(\varepsilon+P)
\end{displaymath} (4.27)

として、代入すると加速度方程式
\begin{displaymath}
\frac{\ddot{a}}{a}=- \frac{4 \pi G}{3c^2}(\varepsilon+3P)
\end{displaymath} (4.28)

が得られる。スケール因子は常に正であるので、右辺の括弧内の値、即ち $\varepsilon+3P$ が正であれば宇宙膨張の「加速度」、即ちスケール因子の時間に関する2階微分 $\ddot{a}$は負である。宇宙膨張を考える場合、非相対論的な粒子、すなわち水素原子や水素 分子、ヘリウム原子、ダークマターなどの圧力の効果は事実上無視出来るので、 $P=0$とおいてよい。一方これらの物質のエネルギー密度$\varepsilon$は正なので、もし、宇 宙の主成分がこれらの物質であったとすると、加速度方程式から宇宙膨張の「加速度」 は負になることが分かる。これは物質間にはたらく重力が引力であることに起因 する。では、熱平衡にある光子の集団、即ち光子ガスが宇宙の主成分であった場 合はどうなるのであろうか?このとき光子ガスの圧力は $P=\varepsilon/3$であるので $\varepsilon+3P=2\varepsilon$となる。光子ガスのエネルギー密度 $\varepsilon$は正なので、この場合も加速度 方程式から宇宙膨張の「加速度」は負になることが分かる。光子の質量はゼロである が光子ガスのエネルギーにより時空が曲がるため光子の間にも引力がはたらくの である。つまり、非相対論的な通常の物質やダークマター、光子などの相対論的 成分を考える限り、宇宙膨張は減速するのである。つまり$\ddot{a}<0$である。
しかしながら、近年の観測により、宇宙は現時点で加速膨張をしていることが 判明している。すなわち$\ddot{a}>0$なのである。これは宇宙に $\varepsilon+3P<0$を満たす成分 があることを示唆している。その成分をダークエネルギーとよぶ。 もし、ダークエネルギーのエネルギー密度が正であればその圧力は負であり、 $P<-\varepsilon/3$の条件を満たしていなければならない。つまり状態方程式パラメータが $w<-1/3$である成分である。ダークエネルギーの有力な候補が$w=-1$をみたす宇宙定 数(又は宇宙項)である。宇宙定数は$\Lambda $で表され、宇宙膨張によらず宇宙定数の エネルギー密度が一定であり続けるという奇妙な性質をもつ。しかし、この成分 があると、宇宙に含まれる物質や輻射の間に斥力がはたらく。そのため宇宙膨張 が加速すると考えられている。なぜ圧力が負だと加速膨張するのであろうか?
宇宙定数$\Lambda $を提唱したのはアインシュタインである。彼は、宇宙は膨張も収 縮もせず静止した状態であると考えた。そう考えれば、「宇宙のはじまり」に ついて悩まなくて済むのである。ところが、宇宙にある物質や輻射同士には引力 がはたらくため、宇宙を静止させることはできない。膨張するか収縮するかいず れかでなければならないのである。この問題を解決するため、アインシュタイン は次のようにポアソン方程式を変更した。
\begin{displaymath}
\bigtriangleup \phi=4\pi G\rho-\Lambda
\end{displaymath} (4.29)

宇宙定数$Λ$の次元は$(時間)^{-2}$である。球対称な一様ダスト球を考えよう。ニュー トン近似では通常の重力ポテンシャル$\phi=-GM/R$に加え、新たに「重力ポテンシャ ル」 $-\Lambda R^2/6$を付け加えたことに対応する。この新たなポテンシャルは原点 から離れるにつれ小さくなるので$\Lambda>0$であれば斥力を生み出すことがわかる。
新しいポアソン方程式の右辺を
\begin{displaymath}
\bigtriangleup \phi=4\pi G \biggl(\rho - \frac{Λ}{4\pi G} \biggr)
\end{displaymath} (4.30)

と書き直してみよう。すると、 $\varepsilon_\Lambda=(\Lambda c^2)/4\pi G$はエネルギー密度とみなせる ことがわかる。このエネルギー密度は宇宙膨張に関係なく一定のままである。 気体の断熱膨張を考えよう。このとき気体 の内部エネルギーの変化$\Delta U$は気体の体積変化$\Delta V$を用いて
\begin{displaymath}
\Delta U=-P \Delta V
\end{displaymath} (4.31)

とかける。体積変化$\Delta V$が正であれば外に仕事をした分、気体の内部エネルギーは 減少するだろう。ところが宇宙定数がある場合は別である。気体自身のもつ圧力 を無視できるものとすると、断熱膨張のとき気体の内部エネルギーは
\begin{displaymath}
\Delta U=\varepsilon_\Lambda \Delta V
\end{displaymath} (4.32)

だけ増加する。体積変化$\Delta V$が正であるから、圧力は
\begin{displaymath}
P_\Lambda=-\varepsilon_\Lambda
\end{displaymath} (4.33)

となり、エネルギー密度が正であれば圧力は負になることが分かる。つまり負の 圧力とは宇宙膨張に関係なく存在するエネルギー成分によって生じる気体の「張 力」であることがわかる。
収縮や膨張によらないこの驚くべきエネルギーの起源は何であろうか? 今日でもその正体は謎のベールに包まれている。有力な候補の一つとして 真空のエネルギーが挙げられる。場の量子論によれば、量子効果により真空は完全に 空っぽの状態ではなく、粒子—反粒子対が生まれては消えるという生成消滅過程 を繰り返している。これらの粒子—反粒子対のエネルギー密度が真空のエネルギー 密度を表す。充分小さなスケールでは全ての物理的効果は空間や時間によらない とすれば、宇宙定数の時間的不変性を説明できる。これに対し、量子効果ではな く、ある未知のスカラー場の真空気体値がダークエネルギーの起源である可能性 も考えられる。スカラー場が時間発展することによりエネルギー密度 は時間変化するので、宇宙定数とは異なる効果を生み出すことになる。
宇宙が誕生して間もない頃は、 時空の歪みが極めて大きく、重力が量子的な力とつりあうほど大きかったと 考えられている。この時代のエネルギー密度はおよそプランクエネルギーを プランク長の3乗で割った値
\begin{displaymath}
\varepsilon_\Lambda\sim \frac{E_p}{l_p^3}=3×10^{133} \textrm{eV}/\textrm{m}^3
\end{displaymath} (4.34)

だと考えられる。もし、この時期に真空が「凍結」したとすれば 現在の真空のエネルギーは $\varepsilon_\Lambda~$に近い値になるであろう。 しかし、この値と宇宙の臨界エネルギー密度 $\varepsilon_c=4.8×10^9 \textrm{eV}/\textrm{m}^3$ の比は123桁にもなる大きな数になる。つまり、理論の予測と観測値は全く一致し ない。なぜ、真空のエネルギー密度はこんなに小さい値なのか?これを宇宙の 微調整問題という。どのようなメカニズムによってこの不具合を説明できるのか 今日でも分かっていない。宇宙物理学最大の難問である。