固有距離とホライズン

宇宙は膨張しているので、2点間の距離を測るには工夫が必要である。 例えば遠方の天体が100億光年の彼方にあったとしよう。光が100億年も かけて進む距離であれば、とんでもなく遠方であるように思えてしまうが、 宇宙膨張を考慮すると、100億年前は現在よりも天体は 我々により近い場所にあったはずである。では、どちらが正しい「距離」なのであろう か? 実はどちらも正しい距離なのである。宇宙論的なスケールで 距離を測定する場合、2点間の事象は時間的にも離れているので、どの時点で測 定するか定義しない限り値は一意に定まらない。 いま宇宙時間$t$一定の面M$(t)$(曲率が一定)を考えよう。M$(t)$上 の2点間の距離を固有距離$d_p(t)$もしくは固有長という。 一方で宇宙膨張と共に膨張する座標における距離、即ち共動距離$r$は 時間によらず不変である。宇宙時間$t$におけるスケール因子$a(t)$を 用いると、固有距離は$d_p(t)=a(t)r$と書くことができる。つまり、固有距離は スケール因子に比例するのである。現在はスケール因子が$a(t_0)=1$であるので M$(t_0)$上では固有距離と共動距離が一致することに注意しよう。 さて、宇宙時間$t=t_1$にある天体が光を発したとしよう。 その光を共動距離$r$離れた観測者が$t=t_2$にその光を観測したと する。さて、共動距離$r$の値はどうやって計算すればよいのだろうか? ナイーブには距離=光速×時間であるから $r=c(t_2 - t_1)$と考えるかもしれない。 もし、宇宙が「静止」していれば確かにそうなるであろう。しかし、宇宙は膨張 しているため、ナイーブに求められた式は正しくない。観測者を原点に置いた極 座標を考えよう。光は $d\phi=d\theta=0$である$ds^2=0$のヌル測地線に沿って 運動する。従って、ヌル測地線に沿って
\begin{displaymath}
-c^2dt^2+a(t)^2 dr^2=0
\end{displaymath} (6.1)

つまり、
\begin{displaymath}
c \frac {dt}{a(t)}=dr
\end{displaymath} (6.2)

が成立する。両辺を$t_1$から$t_2$まで積分すると
\begin{displaymath}
r=c \int_{t_1}^{t_2}\frac {dt}{a(t)}
\end{displaymath} (6.3)

が得られる。$m$を定数として $a(t)=(t/t_0)^m$とかけるとき、 $t_1=0$$t_2=t_0$かつ$m<1$であれば$r=ct_0/(1-m)$となる。この場合、$m>0$ であればナイーブに求められた値に比べて増大していることになる。これは宇宙膨張の効 果によるものである。グローバルな光の運動を考えるのであれば、距離を経過時 間で割った「光の平均速さ」は光速を超えられるのである。 固有距離はこのようにして求まった共動距離にスケール因子をかければよい。 例えば、M$(t_2)$における固有距離は
\begin{displaymath}
d_p(t_2;t_1)=a(t_2)c \int_{t_1}^{t_2}\frac {dt}{a(t)}
\end{displaymath} (6.4)

となる(セミコロン以下の変数は光を発した宇宙時間を表す)。 さて現在における宇宙M$(t_0)$における固有距離の最大値はどれくらいであろうか? 宇宙が宇宙時間$t=0$で特異点即ち密度が発散する点から始まったと仮定する。 このときスケール因子は$a(0)=0$であろう。スケール因子$a(t)$は常に正である ので現在における固有距離は光が$t=0$にときに発した時最大となる。 この固有距離の値
\begin{displaymath}
d_H(t_0)=d_p(t_0;0)=c \int_{0}^{t_0}\frac {dt}{a(t)}
\end{displaymath} (6.5)

をとる地点を現在における粒子ホライズンと呼ぶ。我々から共動距離$r<d_H(t_0)$にある 全ての天体と我々は過去に因果関係をもったことになる。いいかえる と、粒子ホライズンは我々が今までに「みえた」範囲の境界を表すのである。 又、現在から未来に向かってある時間の後、我々と因果関係をもつことができる 地点の固有距離の最大値は
\begin{displaymath}
d_E(t_0)=d_p(\infty;t_0)=c \int_{t_0}^{\infty}\frac {dt}{a(t)}
\end{displaymath} (6.6)

である。$d_E$の距離にある地点を現在における事象ホライズンもしく はイベントホライズンと呼び、これから「みえるであろう」範囲の境界を表す。 事象ホライズンは観測者の運動状態によるため、事象ホライズンを恣意的に変えることは 可能である。しかし、過去の事象で決まる粒子ホライズンは変えることができな い。