輻射+物質モデル

我々の宇宙には物質だけでなく輻射成分も含まれている。輻射成分のエネルギー 密度はスケール因子$a$の4乗に反比例するため、宇宙初期において質量や宇宙定 数$\Lambda $に比べ優勢であるはずである。輻射成分を採り入れると、 平坦な質量-$\Lambda $宇宙モデルを用いた宇宙年齢にどれほど影響を及ぼすので あろうか?

宇宙の輻射成分として考えられるのは光子であるが、宇宙初期ではニュートリノ も輻射成分として考える必要がある。それはなぜだろうか? ニュートリノの質量の大きさは不明であるがその値は電子や陽子に比べ 非常に小さい($\lesssim 1$eV)と考えられている。 したがって、高温の宇宙初期においてニュートリノは電子や陽子と同じく光速に近い速 さで運動し、弱い相互作用をしながら様々な粒子と衝突を繰り返している。この 時代では全ての粒子は見分けがつかず、宇宙の温度$T$で表される熱平衡状態に ある。

しかし、宇宙膨張と共に粒子の密度が下がっていくと、他の粒子に出会うチャン スが少なくなり、熱平衡状態を保つことが困難になってくる。ニュートリノは 電磁相互作用に比べ、非常に「弱い」相互作用(いわゆる弱い相互作用)しか しないため、宇宙の温度が比較的高い( $T_d\sim 1.7\times
10^{10}\,\textrm{K}$)時期にプラズマ状態にある粒子の集団から外れてしまう(脱結合)。 この脱結合時の温度が電子の質量エネルギーに対応する温度 $T_e=0.511
\textrm{MeV}/k_B=5.9\times 10^9\, \textrm{K}$よりも大きいため、電子は依 然として光速に近い速さで運動しているが、その後、宇宙の温度が下がっていく と、やがて電子の速度が光速よりも遅くなり、電子と陽電子が衝突して対消滅し、光子 ができる反応によって、ほとんどの電子と陽電子が消えてしまう。この対消滅に 伴って新しく生まれる光子による「加熱」のため、熱平衡状態にあるプラズマ粒子の 温度の低下は幾分か抑えられる。一方、ニュートリノはもはや電子や光子と 相互作用しないので、新しく生まれた光子による「加熱」は期待できない。する とニュートリノの「温度」は光子の温度より下がってしまうのである。

詳しい計算によると脱結合以降のニュートリノの温度$T_\nu$は光子の温度$T_\gamma$ を用いて

\begin{displaymath}
T_\nu=\Biggl(\frac {4}{11} \Biggr)^{1/3}T_\gamma
\end{displaymath} (5.28)

と表せる。また、3種類あるニュートリノ $\nu_e,\nu_\mu, \nu_\tau$の 各エネルギー密度 $\varepsilon_{\nu_i}$は光子のエネルギー密度 $\varepsilon_\gamma$を用いてそれぞれ
\begin{displaymath}
\varepsilon_{\nu_i}=\frac {7}{8}\Biggl(\frac {4}{11} \Biggr)^{4/3}
\varepsilon_\gamma\approx 0.22711 \varepsilon_\gamma
\end{displaymath} (5.29)

と表せる。つまり、全輻射密度パラメータは光子の密度パラメータを用いて
\begin{displaymath}
\Omega_r=\Omega_\gamma+0.22711 \Omega_\gamma\times 3.046=1.6918 \Omega_\gamma
\end{displaymath} (5.30)

とかける。ここでニュートリノの種類の数である$3$ではなく、 $3.046$をかけているのは、ニュートリノが脱結合する際の非平衡過程の効果を 採り入れているためである。さて、光子の密度パラメータはCMBの温度 $T_0=2.7255\,\textrm{K}$ より、 $\Omega_{\gamma,0}=\varepsilon_{cmb,0}/\varepsilon_0=5.38\times
10^{-5}$と求まるので、結局 $\Omega_{r,0}=9.10\times 10^{-5}$となる。 つまり、現在、輻射エネルギーの寄与は質量エネルギーの約1/3400となり、大変小さい ことが分かる。

しかし、過去に向かって時間を遡ると、輻射エネルギー密度と質量エネルギー密 度の比は段々大きくなり、ついにある時刻において両者は同じになる。 この時刻$t_{rm}$を輻射質量等価時と呼ぶ。$t_{rm}$におけるスケール因子は

\begin{displaymath}
a_{rm}=\frac {\Omega_{r,0}}{\Omega_{m,0}}=2.95\times 10^{-4}
\end{displaymath} (5.31)

で与えられる。$\Omega_{r,0}$は非常に小さいため、輻射と質量のエネルギー密 度の寄与が同じくらいの時代において宇宙定数$\Lambda $の寄与はほとんど無視できる。 従って、質量と輻射を含む2成分モデルを考えれば充分である。 宇宙が平坦であると仮定すると、宇宙時間$t$は式(5.18)より、
$\displaystyle H_0t$ $\textstyle =$ $\displaystyle \int_0^a
\frac {da}{\sqrt{\frac {\Omega_{m,0}}{a}+\frac {\Omega_{r,0}}{a^2}}}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac {2}{3}\frac {\Omega_{r,0}^{3/2}}{\Omega_{m,0}^2}\Biggl[2-
\sqrt{\frac {a}{a_{rm}}+1}\Biggl(2-\frac {a}{a_{rm}} \Biggr) \Biggr]$ (5.32)

で与えられる。$a=a_{rm}$を代入すると、
\begin{displaymath}
t_{rm}=\frac {4-2\sqrt{2}}{3}\frac {\Omega_{r,0}^{3/2}}{\Omega_{m,0}^2}H_0^{-1}=5.16\times 10^4\, \textrm{yr}
\end{displaymath} (5.33)

が得られる。つまり、輻射エネルギーの寄与が他の成分に比べ 大きかった期間は宇宙が始まって以来、高々5万年程度である。この値は質量-宇宙定数$\Lambda $モデルで求めた宇宙年齢 (138億年)に比べ遙かに小さいため、宇宙年齢を高々3桁程度の精度で計算するた めであれば、輻射の影響は考慮しなくてもよいことが分かる。

さて式(5.32)の右辺から得られる$a$に関する3次方程式を解くこと により、スケール因子$a(t)$が宇宙時間$t$の関数として求まる。しかし、やや複雑な表式になるので、 ここでは輻射優勢時($a\ll a_{rm}$)と質量優勢時($a\gg a_{rm}$)の二つの時代に分けて宇宙膨張 を考えよう。 $a/a_{rm}=\varepsilon$とおくと、 $\sqrt{1+\varepsilon/2}\approx
1+\varepsilon/2-\varepsilon^2/8$より、

\begin{displaymath}
H_0 t \approx \frac {1}{2}\frac {\Omega_{r,0}^{3/2}}{\Omega_{m,0}^2}\varepsilon^2
\end{displaymath} (5.34)

となるので、輻射優勢時($a\ll a_{rm}$)では
\begin{displaymath}
\frac {a(t)}{a_{rm}}\approx \Biggl(\frac {2\Omega_{m,0}^2}{\Omega_{r,0}^{3/2}}H_0 t \Biggr)^{1/2}
\end{displaymath} (5.35)

となる。前節で導出した通り、 $a\propto t^{1/2}$が確かめられる。 同様に、質量優勢時($a\gg a_{rm}$)では
\begin{displaymath}
\frac {a(t)}{a_{rm}}\approx \Biggl(\frac {3\Omega_{m,0}^2}{2 \Omega_{r,0}^{3/2}}H_0 t \Biggr)^{2/3}
\end{displaymath} (5.36)

となる。つまり、 $a\propto t^{2/3}$である。