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Inoue Lab. 近畿大学
宇宙論研究室

Research Highlight

アルマ望遠鏡、ブラックホールジェットと星間ガスの衝突をとらえる(プレスリリース)

本研究室の井上開輝が率いる研究チーム(松下聡樹(台湾中央研究院)、峰崎岳夫(東京大学)、中西康一郎(国立天文台))は、チリ共和国に設置された世界最高の性能を誇る巨大電波干渉計「アルマ望遠鏡」による観測で、地球から110億光年離れた銀河の中心にある超巨大ブラックホールから噴き出す超高速のガス流(ジェット)によって、銀河中の星間ガス雲が激しく揺さぶられる様子を、これまでにない高解像度で撮影することに成功しました。この発見は、謎に包まれた宇宙史における銀河の進化の過程を解明するための重要な一歩といえます。本件に関する論文が、令和2年(2020年)3月27日に米国の学術雑誌「The Astrophysical Journal Letters」(892, No.2, 2020)に掲載され、近畿大学台湾中央研究院国立天文台東京大学の4機関合同でプレスリリースしました。

 

ほとんどの銀河の中心には、巨大ブラックホールが存在しています。巨大ブラックホールのなかには、その周囲の物質が降り積もってできた円盤から強い可視光が放射されるもの(クエーサー)や、吸引した物質の一部を細く絞られた超高速のプラズマガスの流れ(ジェット)として噴出しているものがあります。ジェットはその周囲に存在する銀河内のガスの雲(星間ガス雲)と衝突し、星の材料となる大量のガスを押し出す流れ(アウトフロー)を作り、星形成を抑制したり、流れによってできた衝撃波によってガスを圧縮して星形成を促進するなど、巨大ブラックホールを包み込む銀河全体の進化に大きな影響を与えると考えられています。しかし、そのような大量のガス流出を引き起こす原因は、ブラックホールを取り巻く円盤から放たれる強い光であるかもしれず、ジェット、光のどちらが主要な駆動メカニズムなのか未だ解明されていません。

 約2000万光年以下の比較的地球に近い銀河(IC5063, M51)では、ジェットが星間ガス雲に衝突し、ガス流出を引き起こす様子がすでに観測されています。しかし、100億年以上前という遙か昔の時代に、どのようにブラックホールジェットが星間ガス雲に影響を与えていたのか十分に理解できていません。銀河進化の初期の様子を調べるためには、100億光年以上先という遙か遠くの銀河を観測する必要があるのですが、今までの観測では、解像度が不十分だったからです。

私たち研究チームは、100億年以上昔の銀河でどのようにジェットが星間ガス雲に影響を与えていたのかを探るため、地球から110億光年の距離にあるクエーサーMG J0414+0534 (注1)に注目しました。このMG J0414+0534は、「重力レンズ効果」を受けている天体としても知られています。MG J0414+0534と地球との間に存在する別の銀河と、それを包み込むダークマターの塊による重力がレンズの役割を果たし、MG J0414+0534が放つ光の経路が大きく曲げられ、4重に分裂し、個々の像も本来の像に比べ拡大しているのです(図1)。つまり、重力レンズ天体である別の銀河+ダークマターが「天然の望遠鏡」としてはたらき、実質的にアルマ望遠鏡の性能を大きく改善することができるのです。

今回、研究チームはMG J0414+0534を高解像度で撮影することに成功しました。さらに、重力レンズ効果を精密に調べ、拡大される前の4重像を合成し、本来の銀河の姿を再現しました。アルマ望遠鏡が今回達成した解像度は0.04秒角程度(注2)でしたが、重力レンズによる拡大効果により、 解像度約0.007秒角、すなわち視力9000を達成することができました。つまり、110億光年先にあるクエーサーMG J0414+0534の周りの銀河を極めて高い解像度で可視化することができたのです。

 

 

                    図1 アルマ望遠鏡で観測されたクエーサーMG J0414+0534の周りのチリとプラズマガスの出す

                    電波(340GHz)の画像(左)と一酸化炭素分子の出す電波の 画像(右)A1,A2,B,Cは4重像を表す。  

                     Inoue et al. ApJL 892 No.20 (2020) 

 

解析の結果得られた110億光年先の銀河の姿は、クエーサーの中心部に、チリやプラズマガスが放つ明るい部分があり、その左右に星間ガス雲の成分である一酸化炭素分子ガスが分布している、というものでした(図2)。また一酸化炭素分子が放つ電波を詳しく調べると、ジェットに沿って星間ガス雲が秒速600kmにも達する速さで激しく運動していることが明らかになりました。これは、超巨大ブラックホールが放つジェットが周囲にある星間ガス雲と衝突し、比較的高温のガス雲が激しく揺さぶられていることを示している、と研究チームは考えています。110億光年という遠方のクエーサーの周辺で、ジェットと星間ガス雲の衝突の現場が画像として見えてきたのは、これが初めてのことです。

 

   図2 重力レンズ効果を取り除いた再構築画像 a)チリとプラズマガスの出す電波の強さ b) a)でクエーサー

   周辺部の明るい成分(q,p)を取り除いたもの c) 一酸化炭素分子の出す電波の強さ  d) 一酸化炭素分子の

   視線方向の速度    q, p、r、sはより長い波長の電波観測(Ros et al. 2000, Trotter et al. 2000)から得ら

   れたコア成分(q)とジェット成分(p,r,s)。鎖線はジェットの方向と場所、赤い線は焦線を表す。

   Inoue et al. ApJL 892 No.20 (2020)

 

 さらに注目すべきは、ジェットの長さ、そしてジェットと星間ガス雲が衝突している領域の大きさです。これらは、ジェットが吹き出し初めてから数万年程度しか経っていないことを示しています。ジェットが吹き続ける期間は数千万年程度であると考えられていることから、このジェットは相対的に「若い」といえます。さらにMG J0414+0534の観測的な特徴は、理論シミュレーションによって予言されていた若いジェットと相互作用する星間ガス雲の性質と良く一致していました。

これらの成果は、銀河の進化初期において超巨大ブラックホールが放つジェットがどのように星間ガス雲に影響を及ぼし、どのように銀河の巨大ガス流出が引き起こされるのかを明らかにする手掛かりになるでしょう。

 

注1:MGJ0414+0534は、地球からみるとおうし座の方向に位置しています。この天体の赤方偏移(光の波長の伸び率)はz=2.639です。これをもとにプランク衛星の観測から得られたパラメータを用いてMGJ0414+0534が光を発したときの宇宙年齢を計算し、パラメータの不定性も考慮して距離を110億光年としています。

 

注2:望遠鏡の解像度は、角度の単位で表現されます。1秒角は1度の3600分の1として定義されます。60秒角離れた2点を識別できる解像度が視力1.0に相当します。