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Inoue Lab. 近畿大学
宇宙論研究室

Research Highlight

アルマ望遠鏡、ダークマターの小構造を初検出(プレスリリース)

宇宙論研究室の井上開輝が率いる研究チーム(峰崎岳夫(東京大学)、松下聡樹(台湾中央研究院)、中西康一郎(国立天文台))は、チリ共和国に設置された世界最高の性能を誇る電波干渉計「アルマ望遠鏡」による観測を用いて、宇宙空間に漂う、謎に包まれた光で見ることのできない物質、ダークマターの空間的なゆらぎを、約3万光年というスケールにおいて検出することにはじめて成功しました。本研究成果は、従来の観測に比べて約10分の1以下という小さなスケールにおいても 「冷たいダークマター」※1の存在がより確からしくなったことを示しており、ダークマターの正体を解明するための重要な⼀歩といえます。本件に関する論文が、令和5年(2023年)9月5日に近畿大学国立天文台の2機関合同でプレスリリースされ、令和5年(2023年)9月7日に米国の学術雑誌「The Astrophysical Journal」(954 issue2  2023)に掲載されました。

 

 図 1. 検出されたダークマターの空間的ゆらぎ。オレンジ⾊が明るいほどダークマターの密度が⾼い場所、暗いほど密度が低い場所を表しています。緑色は、クエーサー(銀河の明るい中心核)を包み込む銀河、緑色内の赤黒いスポットはアルマ望遠鏡が観測したクエーサー中心核が重⼒レンズ効果により4重像となった姿を表しています。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K.T. Inoue et al.)

宇宙の質量の⼤部分を占める⽬に⾒えない物質「ダークマター」は、星や銀河といった宇宙の構造が作られる過程※2で重要な役割を果たしてきたと考えられています。ダークマターは空間的に非一様であり、群がって宇宙に分布しているため、その重⼒により、遠⽅の光源からやってくる光(電波を含む)の経路をわずかに変えることができます。この効果(重⼒レンズ効果)の観測から、ダークマターは⽐較的⼤きな質量を持つ銀河や銀河の集団と共にあることがわかっていますが、より⼩さなスケールでどのように分布しているのかはこれまで分かっていませんでした。

私たち研究チームは、アルマ望遠鏡を⽤いて、地球から遠く110億光年の距離にある天体を観測しました。観測対象は、銀河の中⼼核であるクエーサー※3「MG J0414+0534」※4です。⼿前にある銀河の重⼒レンズ効果により見かけ上、4 つの像に分かれて⾒えます。しかし、見かけの像の位置や形は、手前にある銀河の重力レンズ効果のみから計算されるものとはわずかにずれており、銀河より小さな複数のダークマターの塊による重力レンズ効果が働いていることを示していました。宇宙論的なスケール(数百億光年)に対して⼗分小さい3万光年程度のスケールにおいても、ダークマターの密度や潮汐力に空間的なゆらぎがあることが分かったのです(図1)。

 

図 2. 重⼒レンズ効果の概念図。画像中央の天体は手前の銀河、橙色が銀河間のダークマター、薄黄色が銀河内のダークマターを表しています。光源であるクエーサーやクエーサーを宿す銀河から放たれた電波は、手前の銀河による強い重力レンズ効果とダークマターの塊による弱い重力レンズ効果を同時に受けるものと考えられます。研究チームは、手前の銀河による重力レンズ効果のみを受けた場合の像の見え方を実際に観測された像の見え方と比較することにより、電波の経路上におけるダークマターの塊の分布を推定しました。(Credit: NAOJ, K.T. Inoue)

 

この結果は、「冷たいダークマター」の理論的な予測と一致するものでした。その予測とは、銀河内だけでなく、銀河外の宇宙空間にもダークマターの塊が多数存在する(図2)というものです。今回見つけたダークマターの塊による重力レンズ効果は非常に小さいため、単独で検出することは極めて困難です。しかし、銀河による重力レンズ効果とアルマ望遠鏡の高い解像度を組み合わせることによって、初めてその効果を検出することができました。

したがって、本研究成果は、ダークマターの理論を検証し、正体を解明するための重要な⼀歩と⾔えます。


 

本研究は、⽇本学術振興会科学研究費補助⾦(No.17H02868, 19K03937)、国⽴天⽂台 ALMA 共同科学研究事業 2018-07A、同 ALMA JAPAN 研究費 NAOJ-ALMA-256、台湾 MoST 103-2112-M-001-032-MY3、106-2112-M-001-011、107-2119-M-001-020 の⽀援を受けて⾏われました。

 

【ALMA望遠鏡とは】

正式名称:アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)。欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)が、チリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されています。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施しています。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行うことを目的とします。

【用語解説】

※1 冷たいダークマター:ダークマターが素粒⼦である場合、宇宙膨張により、宇宙の密度が下がると、他の粒⼦と出会うことがなくなるため、通常の物質の運動とは異なる独⽴した運動を始めます。このとき、通常の物質に対して光の速さより⼗分⼩さい速さで運動するダークマター粒子を「冷たいダークマター」と呼びます。速さが⼩さいため、大きなスケールの構造を壊す働きがありません。そのため、比較的大きな銀河や銀河の集団などの構造を説明できます。

 

※2 宇宙の構造が作られる過程:宇宙初期においてダークマターの密度のゆらぎが重⼒によって成⻑し、ダークマターの塊に引き寄せられた⽔素やヘリウムが集まって、星や銀河が作られたと考えられています。銀河より⼩さなスケールでダークマターがどのように分布しているか、詳しいことはまだ分かっていません。

 

※3 クエーサー:狭い領域から⾮常に明るい光を放つ銀河の中⼼核。銀河の中⼼に⼤きな質量をもつブラックホールがあり、その周りを⾼速で回転するガスや取り巻いているチリから強い電磁波が放射されています。またブラックホールの自転軸に沿って高速のイオン(ジェット)が放たれる場合もあります。

 

※4 MG J0414+0534:地球からみるとおうし座の⽅向に位置する天体で、⾚⽅偏移(電磁波の波⻑の伸び率)は z=2.639。これをもとにプランク衛星の観測から得られたパラメータを⽤いて MG J0414+0534 が電磁波を発したときの宇宙年齢を計算し、パラメータの不定性も考慮して、この研究では距離を 110 億光年としています。