ここでは空間が局所的には一様等方である、即ち曲率が場所によらず一定である、 という要請を弱い宇宙論的原理と呼ぶことにしよう。この原理を満たす 空間は定曲率でなければならないが、大域的には必ずしも一様等方でなくても良 い。弱い宇宙論的原理を満たす宇宙モデルはどのようなものだろうか?
空間の「形」を表すのに、数学でトポロジーという言葉が使われている。 2つの空間が連続的に変形して移り合うことが可能である場合、 それらの空間は同じトポロジーを持つ、と呼ばれる。野球のボールとバットはどちらも 同じトポロジーをもつが、プリンとドーナッツは同じではない。プリンに 穴を空けない(=連続変形でない)限り、ドーナッツの形にはできないからであ る。特に連続変形によって1点につぶすことの出来ないループが存在するような 空間を非自明なトポロジーを持つ空間、もしくは多重連結空間 という。
まず、簡単のため空間が2次元である場合を考えよう。
局所的にも大域的にも一様で等方な空間は、
正の定曲率をもつ2次元球面,曲率ゼロの無限に拡がった
ユークリッド的平面
、負の定曲率をもつ無限に拡がった2次元双曲面
の3種類である。これらの空間は自明なトポロジーを持ち、空間内の
任意のループを1点につぶすことが可能である。
では非自明なトポロジーを持つ閉じた空間の例として、
平坦な2次元トーラスを考えよう。
は
内に置かれた
正方形
の向かい合った辺を平行移動(
)で同一視することによって
得られる。
はドーナツと同じ(連続写像で互いに移しあうことが可能)
トポロジーを持つ。3次元のユークリッド的空間中のドーナ
ツは、平坦ではなく、曲率が正の部分と負の部分があることに注意しよう。
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仮に2次元の観測者が
に住んでいるとしたら、
の目に、世界
はどのように映るのであろうか? もし、
を照らす光源が十分強ければ、
は遠方に多数の自分自身の姿を観察するに違いない。
を発した光は
空間をぐるぐる周り、いつかは、
のところに帰ってくるためである。
は鏡に囲まれた世界にいるような錯覚を覚えることだろう。
違う点は、虚像の向きが変らないことと、実際に虚像の位置に
物体が「存在」することである。6.1今、図1にあるような光源
の光の経路を考えよう。
上辺に向かう
を出発した光は
の上辺と点
において交差したとき、
平行移動
で底辺上の点
に引き戻され、
再び
に向かう。ここで、便宜的に
による
のコピー
を考え
よう。
のコピーを
としよう。
すると経路
を通ってきた光は
経路
を通ってきた光として考えることが可能である。
ただし、
は光が巡るのに要した時間だけ過去に遡ったときの
である。
同様にして、Sの全てのコピー
を考えると、
から
に向かう測地線は、
の全てのコピー
と
を測地線で結ぶことによって得られる。
従って、
においては、
中で、ある一定の
パターンが繰り返されているかの如く見える。
空間が無限に拡がって見えるのは錯覚で、実は有限の大きさをもつタイル
のコピーが次々と繰り返して見えるだけに過ぎない。
この繰り返しのパターンを決定するタイルは
基本領域6.2と呼ばれ、その大きさは実際の空間の大きさに等しい。
基本領域の非等方性は空間の大域的な非等方性に対応する。
又、基本領域の形が観測者の位置に依る場合は、空間は大域的に
非一様である。この場合、観測者を通る周期的測地線のループの長さの最小値
は、観測者の位置に依存することになる。従って、空間の大域的な非等方性も
位置によって変化する。
閉双曲面は、の場合と比べると
若干複雑だが、同様に構成出来る。6.3無限に拡がった双曲面から、
基本領域となる正8角形を切り取り、向かい合った辺を同一視すれば
の閉双曲面になる。(図2)この場合、基本領域であるタイルは正8角形である。
正8角形では一見無限の空間をタイル張りすることは不可能に思えるが、
負の定曲率空間における正8角形の内角は
であるので問題は生じない。
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次に空間が3次元の場合を考えよう。簡単のため、空間は閉じており、
体積が有限で、向き付けが可能である場合のみ考える。
まず、曲率ゼロの場合を考えよう。この場合、向き付け可能な閉じた空間は
たったの6通りしかない。従って、トポロジー的にいえば、数は少ない。
しかし、空間の大きさは任意であり、さらにタイルを連続的に変形出来る自由度
を持っている、という特徴を備えている。構成法は以下の通りである。
無限のユークリッド的空間内の立方体(若しくは平行6面体)を考え、
3組の向かい合った面を平行移動で同一視すると3次元トーラス
が出来る。
又2組の向き合う面を平行移動で同一視し、残りの1組の面を平行移動と
180度回転若しくは90度回転で同一視すると、
と
が得られる。(
は位数
の巡回群)又、全ての向き合う面を平行移動
及び180度回転で同一視すると
が得られる。
さらに、6角プリズムの向かい合う側面同士を平行移動で同一視し、
6角形である上面と底面を平行移動と120度回転、又は60度回転で同一視すると、
と
が得られる。
正の定曲率の場合は可算無限個の種類がある。
2つの2次元の円盤を円周の境界に沿っ
て貼り合わせると2次元球面が得られるように、3次元球面
は、
2つの3次元球体をその表面である
で貼り合わすことによって
作ることができる。
は中心を通る軸の周りの
度の
回転変換
、正
角形を自分自身に移す変換
、正4面体、正8面体及び正20面体を不変にする変換(
)
で同一視することが可能である。
これらの変換やその組み合わせから成る変換を
上の変換に引き戻すことにより、
非自明なトポロジーを持つ球面的空間が得られる。因みに、正の整数
の上限値は
存在しないので、基本領域の体積の下限は存在しない。上限はいうまでもなく
自身の体積である。
負の定曲率の場合の分類は複雑である。
しかし、その構成のアルゴリズムは知られており、閉双曲空間のトポロジーの種
類は無限であることが証明されている。
現在では、コンピューターによる計算から、1万個以上の
例が知られている。重要な性質は体積の値に下限が
存在することである。曲率半径を1とした場合、最も小さい閉双曲空間は、
数学者ウィークスの発見したウィークス多様体(6.5)であり、
体積はおよそ立方ラジアンである。6.4 次に小さい閉双曲空間(6.6)の体積は
およそ
立方ラジアンである。小さい体積の値は
まるで水素原子のスペクトルのようにとびとびの値を取り、
体積が
立方ラジアンより小さいものは44個しか知られていない。